構成市町プロフィール
未来にむけ 一人ひとりが輝くまち
所在地:〒698-8650 島根県益田市常盤町1番1号
電話:0856-31-0100
- 人口
- 53,300人
- 世帯数
- 21,288世帯
- 面積
- 733.16平方km
平成18年6月30日現在
まちの概要
益田市は、島根県の最先端に位置し、北は日本海を望み、南は中国山地を抱え、島根県内一の面積を誇っています。
縄文時代の遺跡群が物語るように古くからの歴史、豊かな自然、石見神楽など個性ある文化と伝統をもつ地方都市でもあります。
旧益田市、旧美都町、旧匹見町との合併後、各地域が一体感を持ちながら、個性を活かした地域づくりを進め、「人づくり」・「街づくり」・「道づくり」を基本方針として、地区振興や都市基盤の整備、高速交通体系の整備促進などの施策を進めています。
特産品
メロン、ゆず、わさび、美都いちご、ぶどう、鮎

ぶどう
メロン
観光名所旧跡
医光寺、萬福寺、柿本人麿神社、島根県芸術文化センター(グラントワ)、雪舟の郷記念館、益田氏城館跡

医光寺
主要事業
- 益田駅前周辺の都市基盤整備
- 高速道路網の整備
- 企業誘致の推進
歴史
益田市は雪舟がその円熟期と晩年を過ごした地といわれています。
文明元年(1469 年)、中国より帰国した雪舟は、大分県で天開図画楼を開いた後、1478 年ごろ益田七尾城主益田兼堯の招きにより益田を訪問し、「益田兼堯像」「山寺図」「花鳥図屏風」を描き、萬福寺、崇観寺(現医光寺)の両寺に山水庭を築きました。その後益田をあとにし、各地を旅しながら活発な制作活動を展開しました。晩年に益田を再び訪れ、1506 年、東光寺(現大喜庵)で87 歳で死没したといわれています。
ゆかりの地概要
- 大喜庵:
- 雪舟が最晩年を過ごした寺(当時「東光寺」)。裏山には雪舟の墓が残されています。現在は隣に雪舟の郷記念館があります。
- 医光寺:
- 益田氏(藤原氏の一族で石見地方の有力豪族)15代兼堯の招きにより、雪舟が第5代住職として迎えられた寺(当時「崇観寺」)。鶴を象った池の中に亀島を浮かべている雪舟庭園があります。
- 萬福寺:
- 萬福寺にも益田兼堯公の依頼による雪舟庭園があります。中央の小高い須弥山の石組みの集団は、荘厳で重圧感あり、観る人の心をしっかりと捕らえ、それが麓の心字池によく釣り合って、広い空間の中に一生不住を原則とした「無心」の宗旨にも共感しています。

大喜庵
萬福寺庭園
雪舟にちなんだ取り組み
平成16 年に「益田市歴史・芸術文化・観光のまちづくり再生計画」が地域再生計画として内閣総理大臣より認定されました。このなかで、雪舟さんゆかりの地、「医光寺」「萬福寺」は歴史を活かしたまちづくりゾーンの一角をなし、「中世文化の薫るまち」づくりとして、散策ルートの整備などのまちづくりが進められています。
またソフト面では、雪舟さんの残した文化をもとに、我がまちの歴史を学び、まちを見直すという住民の機運も高まっています。

雪舟を生かした取組状況
