雪舟サミットホームへ
ホーム > 第17回雪舟サミット > サミット自治体リレートーク
もどる ホーム
せっしゅうについて せっしゅうサミットについて サミットこうせいしちょう さいしんサミットじょうほう かこのせっしゅうサミット リンク

第17回雪舟サミット サミット自治体リレートーク

テーマ「2020年に向けた各市の地域活性化への取り組み」

司会>
それでは、ただいまより、第二部サミット自治体リレートークを開催いたします。
このリレートークでは、「2020年に向けた各市の地域活性化への取り組み」というテーマで各構成市の代表者様に発表いただきます。トップバッターは開催市防府市ということで、池田市長よろしくお願いいたします。
防府市長 池田 豊>
歴史のまちほうふの市長をしております池田でございます。
今日は藩主毛利様より一段高い所におりますがお許し願いたいと思います。また会場には県立美術館の岡田館長さんがいらっしゃいます。私が県庁時代の副知事でございまして非常に緊張した中で今からお話をさせていただきたいと思っております。では、座って失礼いたします。
防府市は歴史が息づくまちということで史跡や国宝、重要文化財が多数存在します。その圧倒的な存在感、四季折々の花々、そこでしか味わえない様々な防府の魅力を観光中心にお話させていただきたいと思います。
まずは、防府市の成り立ちでございますけれども、防府市は1936年に市となりました。古くから文化が開け、全国に誇れる豊富な文化財を有しています。古くは、周防の国府が置かれ、また、聖武天皇の時代には、国分寺も創建されました。そして、平安時代には日本で一番古い防府天満宮の創建、江戸時代には毛利氏による、米・紙・塩の三白政策に基づく塩田の開発などがあり、経済的発展を遂げました。現在では、協和発酵、また塩田跡地に立地したマツダ、ブリヂストンなど世界的企業も立地する産業のまちともなっております。
それでは、防府の観光の魅力を紹介します。
5月に新元号「令和」の時代がスタートしましたが、防府市では今年を「防府観光元年」と名付けて、様々な観光戦略のスタートの年として頑張っているところでございます。そこで、防府を代表する4つの観光スポット、防府天満宮、周防国分寺、阿弥陀寺、毛利氏庭園を数字の入った、これはすごいぞポスターと共に紹介させていただきます。
一つ目は、西暦904年に創建された日本最初の天満宮「防府天満宮」です。全国2万の天神様の中で、大宰府天満宮より早く、全国で一番最初に建てられました。年間約80万人が訪れる防府の中で一番の観光スポットです。行事も多彩なものが多く、中でも御神幸祭、通称裸坊祭ですが今年は、今月23日に行われます。11月の第4土曜日ということで、私も毎年参加しています。その翌日に行われる女性による天神おんな神輿も有名になっています。
二つ目が、西暦756年に創建され、創建当初から全国で唯一位置のかわらない「周防国分寺」です。天平時代、全国68箇所に建てられた国分寺ですが、今も創建の場所にあるのは周防国分寺だけです。重要文化財の金堂には、藤原時代初期の木造日光・月光菩薩立像をはじめ、100体を超える多くの仏像があります。ポスターの「100」はこの100を表しています。これほど間近に仏像を拝めるお寺はないといわれています。百聞は一見に如かず、是非、国分寺に来ていただければと思います。
三つ目は、西暦1187年に創建された「東大寺別院阿弥陀寺」です。ポスターに「4000」とありますが、これは境内に約80種類4,000株のあじさいが植えられているということです。現在では、西のあじさい寺としても有名になっております。なお、阿弥陀寺を創建した重源上人は、1121年生まれで、再来年が生誕900年の年に当たります。来年は雪舟生誕600年、そして、再来年は重源上人生誕900年となり、節目の年が続きますので、しっかりとPRしてまいりたいと思います。
四つ目が西暦1916年に創建された旧毛利家本邸の「毛利氏庭園」です。ポスターに「25000」とありますが、これは庭の広さが25,000坪あるということです。その広大な日本庭園は、国指定名勝であり、ひょうたん池を巡る回遊式の庭園となっております。また、旧毛利家本邸は、明治維新後、東京に移った毛利家が、山口県入りの際に過ごした邸宅です。この邸宅は、明治時代の侯爵、井上馨が中心となって建設場所の選定や資金の確保に奔走し、当時の建築技術の粋を集めた壮大な建物が出来上がりました。中には、屋久杉の一枚板を使用した板戸など、今では作りえないほどの豪華さと、品のよさが売りの全国屈指の和風近代建築です。邸宅内には毛利氏が所有される約2万点を所蔵する毛利博物館が整備され、建物や庭園と一体となって、本市の外国人人気ナンバーワンの観光スポットとなっています。実は、山口県には国宝が9件あります。そのうちの4件が毛利博物館にあり、その1つが、雪舟筆の「四季山水図」です。その絵1枚のおかげで、私は今この席に座らさせていただいております。毛利様ありがとうございます。その毛利博物館では現在、特別展「国宝」が開催中です。日本水墨画の最高傑作と言われる雪舟の「四季山水図」や古今和歌集など、国宝や重要文化財などの優品が一堂に公開されていますので、是非ご覧いただけたらと思います。この四季山水図は、幅が約16メートルあります。他の博物館では、16メートル全部を見ることは出来ません。毛利博物館に来られれば、16メートル全て見られます。見れば必ず感動を持って帰ることができます。どうかよろしくお願いいたします。
そして、こちらはこの雪舟サミットを前に新たに見つかった、雪舟が若い頃に描いたと言われている作品です。現在、山口県立美術館で開催中の特別展「雪舟の仏画」にて公開されており、先日私も見に行きました。この他にも、人物画や仏画、そして2017年に84年ぶりに見つかった「倣夏珪山水図」も公開されております。この機会に是非、毛利博物館の四季山水図と併せてご覧いただき、来年の雪舟生誕600年を前に一緒に盛り上げていただきたいと思っています。
そして次に、防府市で来週16日土曜日に、先に紹介した施設も含めた「すごいぞ!防府 秋の大イベント」を開催します。「秋の一日を歴史のまち・防府で満喫しよう!」と銘打って、防府天満宮、周防国分寺、旧毛利家本邸一帯の歴史の舞台をまるごと会場としたイベントです。「歴史のまち・防府」に楽しい催しが勢ぞろいしますので、是非足をお運びいただけたらと思います。そして、そういったことを力に雪舟生誕600年の2020年に向けて、頑張ってまいりたいと思います。
そして最後に、ポスターの「8」という数字が見えますでしょうか。これは、令和の時代になって、令とつく地名が全国に11箇所ございます。そのうち8箇所が防府市にございます。そして、8と言いますと、山口県が生んだ総理大臣、安倍晋三さんは、8人目の総理大臣でございます。8人目の総理が決めた令和という時代、そして8は末広がりでございます。防府市が末広がりとなりますように、そして雪舟サミット各構成市も末広がりとなりますように頑張っていきたいと思います。どうかよろしくお願いいたします。
以上で防府市の発表を終わります。ご清聴ありがとうございました。
司会>
池田市長ありがとうございました。
先程、ご紹介もありましたが、毛利博物館に所蔵されております四季山水図ですが、本日は公益財団法人毛利報公会会長にもお越しいただいておりますのでご紹介させていただきます。毛利元敦様です。本日は、ありがとうございました。
それでは、続けてリレートークを進行させていただきます。続いては、総社市長でいらっしゃいます。片岡聡一様です。よろしくお願いいたします。
総社市長 片岡 聡一>
皆さんこんにちは。総社市長の片岡聡一でございます。よろしくお願いいたします。
総社市は、雪舟の生誕地でございます。総社市赤浜が生誕地ですが、今日はその赤浜地域から16人の方に来ていただいております。赤浜の方は、ほとんど雪舟の子孫といった感じであります。雪舟は1420年に赤浜で生れました。これは雪舟が修行した宝福寺でございます。今はもみじ満開でとても素晴らしい景色となっております。この寺に括られて涙で足でねずみを描いて、そのねずみが今にも動き出しそうだったので、ご住職が「危ないから逃げなさい」と紐を解いたと言われる御堂がここでございます。どうぞ皆さん宝福寺に来ていただけたらと思います。
総社市は岡山県のど真ん中にあり、人口69,290人。多彩な歴史王国になっておりまして、どこかしこ掘ると古墳が出てきます。遺跡が出て来て工事がしょっちゅう止まります。最初は、ブルトーザーやユンボで掘りますが、工事が始まって2週間もすると、それが刷毛に変わります。工事が3年以上遅れるということがよくあります。造山古墳が大きさで言うと日本で第10位でございます。そしてこの頃と言うのは、古事記が出てくる少し前くらいで、フィクションとノンフィクションの境目みたいなところにありまして、歴史を語りやすいうえ、語りづらいみたいな、そんな感じです。そして、660年代に「白村江の戦い」というのがあって中大兄皇子が朝鮮に出兵して、ひどい目に遭って逃げ帰って来た際のディフェンス城、鬼ノ城というのがあります。この城は朝鮮式山城と言われていて、歴史家の中では結構評価が高く、桃太郎伝説の鬼が生れたところとなっております。
そして、応仁の乱のやや前、1420年にこの総社市で雪舟が生誕したということになります。
市域は200平方キロで、そのうち山が120、平地が80という、コンパクトな街でありますが、今、人口がどんどん増えていっております。総社の名前の由来は、神仏習合の前段階で、総社市に342個の社があって、それを全部まわると時間がないよねということで、全部ひっくるめて、社を総合したとうことで総社です。
私も毛利博物館には何度も行ったことがありますが、雪舟の本物を持っていれば、それで雪舟を語れますが、我々は、生誕地でありながら本物を持ってないので、雪舟で何それするって苦労するんですよ。益田市さんにも本物がありますよね。ですが、総社は涙で描いたねずみだということで「チュッピー」これが総社のマスコットキャラクターです。2016年ゆるキャラグランプリ、夏場はずっと全国1位だったのですが、最後に3位になって非常に辛かったのですが、ただ日本で1,700あるゆるキャラの中で3位になったことはすごいことです。この子がゆるキャラになってから、ねずみは多産系ということで、総社市の出生率がどんどん上っていき、チュッピー伝説というのが出て来まして、特に、このしっぽのハートの部分を触ると妊娠するという伝説も生れました。チュッピーを使ったグッズの中でチュッピーウォーターというのがあります。これが全国11万本売れたというヒット商品となっております。そして「雪舟くん」というタクシー、これはどこに行っても家から300円。最大振り幅が山の一軒家から総社市内の病院まで6,500円のところを300円で運行するタクシーです。そして私は市長になって12年目ですが、タクシー協会とも喧嘩になるし、路線バスとも喧嘩になるけど、全て廃止して、これに特化すると必ず住民が助けてくれると、今では常に満員状態で走り続けている雪舟くんというタクシーです。9台ありますが、これが一日中、総社そこらじゅうを走り回っています。
次に、ここ防府市も十数年前に大変な被害に遭われておられましたが、去年の集中豪雨で死者9名、関連市含めると10名の方が亡くなられて、未だに隣りの真備町から移り住んで難を逃れているみなし仮設の方が1,300人くらいいて、現在総社市内で家を持てないで苦労していらっしゃる方が1,700人前後いらっしゃいまして、それが今、復興の途にあります。左の上のアルミニウム工場大爆発で瞬間にして街が廃墟になって、多くの方を犠牲にしたという去年で、大変皆さんにお世話になったところであります。
次に、今日は赤浜地域の方々が16人来られておりますし、議長もおいででございまして、予算執行はこれから議会と議論をしてまいりますが、雪舟生誕地公園を来年の今頃ちょっと前ぐらいにいよいよオープンさせて600年記念と雪舟公園を同時にどんっとやりたいと思います。これはできる限り、応仁の乱の前の辺りの室町時代の公家がコントロールを失った頃の時代背景を基にもう一回行ってみたいよね、これが室町みたいな感じのお部屋を作りその時代の生活習慣であるとか雪舟の生きていた頃感を出しながら、そしてこの公園の中のどこかに雪舟像を作りたいと思います。雪舟像は大人の雪舟にしたいと思います。子供のあの縛られた雪舟は虐待だという人が結構いるんです。なので雪舟は大人の雪舟にしようと思います。そして将来は、これも議会と議論しますけど、総社市美術館作って本物の雪舟を飾りたいなという風に思います。ですのでその時は貸してください。
そしてこれが西暦700年代にできた備中国分寺のエリアです。これは聖武天皇が国分寺建立の詔と言って建てた国分寺の一つであります。今は赤米がたわわに実り、総社はこんな感じになっておりますが是非皆様方も総社にお立ち寄りいただければありがたいと思います。どうもありがとうございました 。
司会>
雪舟の生誕地ということで市民の皆様から公募したら雪舟くんに決まったというところ、隅々まで行き渡っている様子がよく分かりました。雪舟生誕地公園、先ほど荏開津先生も室町ブームとおっしゃっていたので楽しみですね。是非ご来場いただけたらと思います。では、続いては、井原市長 大舌勲様よろしくお願いいたします。
井原市長 大舌 勲>
岡山県はよく前に前に出ると言われているそうですが、とりあえずこの格好を見ていただこうと思って前に出て参りました。今日はジーパンで参りました。これは上もデニムでして、井原デニムと商標が入っております。これはまた紹介いたしますが、デニムの産地でありまして高級デニムを使っております。今職員も「エブリディ・デニムでぇ!」ということで市役所の中でもジーパンで仕事をしています。私もどこ行っても今この形で仕事をしていますので今日もこれで参加させていただきました。これでほとんど私の仕事は済んだのですけども、今から井原市を紹介させていただきたいと思います。これは、街の概要ですが井原市は人口4万人。地図が出ますが岡山県の中で瀬戸内海から20分ほど山の方に入ったところにありまして、標高も30メートルから520メートルぐらいまであります。山の中に4万人いるということです。隣が福山市で今日も福山市から新幹線に乗って来ておりまして、経済圏はほとんど福山市と一緒になっています。それで仕事する時だけは東を向いて、県庁の方を向いてやっておりますが、夜の街というのは、ほとんど福山市広島県にお金が落ちているような経済圏であります。今日は雪舟で来ておりますけども、北条早雲の生誕の地とも言われておりまして、山城高越城があり、そこから京都に登り関東に行って北條氏5代100年続いたという早雲の生誕の地、そしてもう一つは那須与一。お墓があり、菩提樹もあります。そして、雪舟ということで来させていただきました。
次はもうおなじみですけども右側は「千鳥」のノブですね。井原市の出身ということで、向かって左側は、あまりご存じないと思いますが吉本の「ブロードキャスト!!」の房野くんということで、歴史好きの子ですけどふるさと大使ということでPRしていただいております。もうノブの方は色々な番組にも出ておりましてファミリーヒストリーもNHKで流されて有名になってきております。
次は先ほども言いましたが井原デニム、これは江戸時代からですね綿花の栽培が盛んで、織物をやっておりました。そして藍織物、藍染ですね、これも盛んでして、明治になりまして小倉織、備中小倉というのがありまして、厚地の作業布ですけども、これが縦糸に藍染、横糸に生成りの糸ということで、まさに和製デニムであります。今のこのデニムとほぼ変らない、ただ色が藍染である、今はインディゴですので染料が違う本藍染のデニムを既に作っていたという産地であります。戦後アメリカからデニムが入ってきた時に、これはウラジロ小倉かということで、すぐに織りだしたということであります。ジーンズと言いますと倉敷児島地区が有名でありますけども、そこは最終製品を作っているということで大変有名であります。そこに生地を提供している井原の名前はなかなか出てきませんが倉敷がどんどん売れると井原も儲かるというような仕組みになっております。そして、職員も仕事はジーパンを推奨しておりまして、事務所の中でもジーパンを履いて仕事をしている状況であります。いろんな記念品もデニムで作っております。
次に、岡山県の中でも葡萄をはじめ特産品の産地でして、特に葡萄の産地は早くから始まっておりまして、おいしい葡萄をたくさん売っております。そして、「明治ごんぼう」と言っておりますが、この明治ごんぼうの数が少なくて大変高価なものとなっております。あまり市販されてなく、消費が先に先に行ってなかなか全国には回らないのですが、大変美味しくて香りが強いということで重宝されております。
そして、もう一つは「美星町」という名前は聞かれたかもしれませんがこの美星町が井原市にありまして、美しい星の街と言うことで30年前に国内初の光害防止条例を作っております。この光害防止条令を作って30年経つので、また新たな国際認定を取りに行こうということでアジア初の認定を取りたいと思っております。空の環境、光の害の環境に目を向けたこともやっていこうと進めているところであります。
そして、雪舟との関わりでありますけども、重玄寺跡でありますが、京都にあります雪舟との関わりの深い東福寺の記録をまとめました「東福寺誌」によりますと永正3年2月18日、1506年ですが、備中大月山重玄寺着というような記述があるということによりここが終焉の地ということでお祀りし、石碑を作っています。重玄寺は、昭和30年に火災で金堂等が燃えてしまいました。今残っているのは土蔵と鐘楼門が残りましたが、今はもう鐘楼門を下に降ろして新しい重玄寺を麓に作っており、この重玄寺跡には雪舟が監修したと言われるお庭も若干形が残っておりますが、今は何もないような状況であります。そして、ここにも雪舟の墓と伝わる墓石が残されていると言われることでここをお参りに来られる方もいらっしゃるそうであります。先程、荏開津さんの講演では益田でという説もあるということでしたが、そのもう一つの説が井原説です。そして、これは重玄寺の千畝和尚の語録が残っておりまして、語録の中には雪舟との繋がりが多く残してあることから重玄寺と雪舟との繋がりがあったということが言われております。そして、特に井原では今の重玄寺跡しかないので特に活動としてはないですけども先人顕彰会とか雪舟を語る会などの歴史を顕彰する組織が民間の組織でありまして、その方々に活動いただいておりますが、500年の時には講演会等、市を上げて活動を行いました。
そしてこれからの井原ということですけども旧商店街で新町と言いますが、今はもうほとんどシャッター商店街でありますが、また活性化しようということで来年の春に井原に来ていただきますと桜堤小田川に千本桜がありまして土手にずっと2キロにわたって桜があります。川と桜とあります。これが大変きれいでありまして、この桜堤の横にこの旧商店街があります。ここからまた新しく宿泊所も含めお店も開きながら再興して行こうと動いております。そういった活動がありますので是非春以降にお越しいただけたら嬉しいです。
そしてもう一つ「でんちゅうくん」というキャラがありまして、これはあの平櫛田中という彫刻家がおりまして、「いまやらねばいつできるわしがやらねばだれがやる」というのを98歳の時に書で書きましたが、この書は見られたことがあると思いますけども、この平櫛田中が生まれたところだということで田中美術館を持っておりまして、ちょうど今没後40年の特別展を明日までですがやっております。先々週の日曜美術館で田中美術館を取り上げられまして、多くの方に来ていただいております。この美術館が令和5年にリニューアルオープンいたしますので、是非その時には新しい田中美術館を見に来ていただければと思っております。どうもありがとうございました。
司会>
ありがとうございました。井原市長の大舌勲様でした。星空の美しい市ということですけれどもきっと雪舟も眺めたことがあるのかなと思うと雪舟が見た同じ星空をこれからもずっと守っていただけたらなと思いますよろしくお願いいたします。
それでは続いて、益田市長さんにお願いいたします。山本浩章様お願い致します。
益田市長 山本 浩章>
皆さんこんにちは。島根県益田市長の山本浩章でございます。私は座らせていただきます。ここ防府市におきまして6市の関係者が集まって第17回雪舟サミットが盛大に開催されますことを心からお喜び申し上げます。
まずは、益田市の紹介からさせていただきます。益田市は島根県の西端に位置しております。人口は46,355人、ご覧のとおり山口県と広島県に接しておりまして面積は733平方キロメートルと島根県で一番面積の広い自治体であります。益田市の南部には中国山地があります。そしてこの一帯、春は新緑、秋は紅葉と美しい自然が広がっております。特にこれからの時期は匹見峡の紅葉が美しく、観光客の目を楽しませてくれます。また益田市の特産品はバラエティに富んでおります。益田平野部で栽培された「メロン」、また益田市の南東部に位置します美都地区特産の「ゆず」、そして清流高津川の支流であります匹見川の源流に育まれた「わさび」、そして日本海の「はまぐり」が主な特産品としてあげられますが、それぞれの定住促進のキャラクターにもなっております。このはまぐりは殻の長さが7センチ以上のものをブランド化しておりまして、この貝殻に絵を描いたものを展示する「はまぐりアート展」というものを実施してる団体もあります。益田市にお越しの際には是非これらの特産品をご賞味いただければと思います。
それでは益田市と雪舟の関わりについて話をします。1478年に益田を訪れた雪舟は当時、崇観寺と呼ばれていた現在の医光寺の第5代住職として迎えられました。この医光寺と、医光寺から少し離れたところにある萬福寺というお寺にそれぞれ雪舟庭園を築かれています。現在、国の史跡及び名勝に指定されている雪舟作庭の庭園が全国に5つありますが、そのうち2つの庭園が益田市にあることは大変名誉なことであります。これが益田市にある本物でありますけども、総社市長、これはさすがに美術館にお貸しすることは難しいと思います。もうひとつ画聖雪舟の作品をご紹介申し上げます。まず左側の「益田兼堯像」でありますが、これは雪舟が60歳の時に描いた益田家、当時益田周辺の領事でありました益田家の第15代当主「益田兼堯」の肖像画であります。これはふるさと創生事業の際に益田市が取得したものであります。また右側の重要文化財「四季花鳥図屏風」は雪舟が兼堯の孫の益田宗兼に家督相続の祝いとして描き贈ったものであります。京都国立博物館が所有しております。この益田兼堯像は今益田市が所有しておりますので、美術館にお貸しすることはできますので、その際にはご相談いただければと思っております。
それでは次に益田市におけるこれまでの取り組みについてご紹介いたします。益田市は中国の寧波市と友好交流を進めてきました。ご存知のとおり雪舟は1467年に中国に渡られ、寧波の天童寺で修行されました。これをご縁として、平成3年に益田市と寧波市との間で友好交流議定書を締結しました。一時期、交流が途絶えた時期もありましたが、昨年の11月の24日から27日にかけて開催された「中国・寧波 四明問秋山地マラソン」に益田市からランナーが4名、職員が1名参加しております。また本年の1月の11日から14日に益田市にある島根県立石見芸術文化センターグラントワという施設で、これは影がかかって見えにくいですが、12万枚以上の赤い石州瓦が外装に施された美しく豪華な建物です。このグラントワで行われた合唱の祭典「グラントワカンタート2019」に寧波市職業技術教育中心学校飛夢合唱団、生徒22名、教員4名に参加いただきました。このように現在交流が再開されておりますので今後も雪舟が結んだご縁を大切にしまして、様々な分野で交流をしたいと考えております。
次に雪舟庭園を活用した誘客の促進の取り組みについてです。室町時代に交易地として栄えた益田市は、この地域を治めていた益田氏に関する史跡や文書が数多く残る全国でも有数の中世の史跡を伝える地であります。このことを活かしたまちづくりの一つが民間有志による「中世の食」再現プロジェクトであります。このプロジェクトは東京大学史料編纂所に所蔵されている「益田家文書」に記載のある料理の再現を図っております。この料理と言いますのは当時の益田氏が毛利家に訪ねるにあたって毛利家の居城であった吉田郡山城を訪れた際にも用意した宴の席に出された祝い膳になります。この祝い膳のメニューやレシピが益田家文書に克明に残されておりまして、それを現在に再現するプロジェクトが「中世の食」再現プロジェクトでございます。萬福寺を会場としまして中世の食の試食や雪舟庭園鑑賞を盛り込んだ日帰りツアーも実施しております。また近年では同様のプランを活用し、益田市の東隣りの浜田市に寄港するクルーズ船のオプショナルツアーを誘致するなどインバウンドへの広がりも見せております。また、島根県芸術文化センターグラントワを会場としまして当時の宴を現代によみがえらせる中世の食と芸能のイベント「よみがえる戦国の宴」を開催するなど更なる広がりも見せております。さらには東京大学史料編纂所が所蔵している益田家文書を富士ゼロックス京都の社会貢献活動によってそのレプリカを作成し関連の企画展開催時や中世の食の提供の際に来場者に鑑賞いただいております。加えて昨年度からは東京大学の在学生を対象とした東京大学活動体験プログラムの受け入れを実施しておりまして、首都圏の若い世代をターゲットにした歴史や文化をテーマとしたツアーを提案いただくとともに、歴史や文化とは外れますが持続可能な開発目標であるSDGsへの取り組みとして、生物環境に様々な影響を及ぼすテラハルツ波という特殊な植物ミネラルの効果を応用した「QQテクノロジー」について共同研究をされております。現在は「益田モデル」として登録商標を出願して今年度に入って登録が完了したところであります。これを今後持続可能な世界のためにどんどん活用を図っていきたいと考えております。
続きまして、民間団体との協働の取り組みについてご紹介いたします。平成27年に益田市で開催された「第15回雪舟サミット」では、サミットの気運を盛り上げるために、雪舟サミットに先立って、毎月1回、「雪舟まるしぇ」という催しを民間の団体、個人がスキルを活用する場として開きました。また、現在、益田市立図書館前庭で毎月1回「ライブラリマルシェ」を開催しておりますが、このメンバーは雪舟まるしぇのメンバーが中心となって活躍されております。また近年では、「雪舟の庭を愛でる会」等情報発信誌を発行するなど官民が協働し、雪舟を全国的に発信していこうという機運の高まりを感じております。観光誘客の取り組みを含めて、こうした官民の協働を背景に、雪舟の関連史跡等を含む歴史文化を活かした取り組みの推進母体として、今年度「益田の歴史文化を活かした観光拠点づくり実行委員会」というものが設立されました。グラントワで実施されました特別展「益田氏 VS吉見氏」、この吉見氏というのは益田氏と同時期に覇を争った中世の領主であります。今の津和野町を中心として拠点を築いておられた士族でありますけども、この対立をテーマにした企画展を11月4日まで行われたところです。またこの特別展の誘客のためとしまして「益田氏武将カード」、この右側のカードですが、このカード6枚を集めると粗品を進呈するという取り組みを行いましたが、こうした取り組みを並行して進めているところであります。益田市では歴史文化だけではなくあらゆる分野におきまして市民との協働によるまちづくりを推進しております。本年度中には今仮称ではありますが「益田市協働のまちづくり推進条例」を制定する予定となっております。こうした中、令和2年度、来年には雪舟生誕600年を迎えることとなります。また益田市においては、雪舟の真筆と言われる益田兼堯像を所蔵する「益田市立雪舟の郷記念館」が開館30周年を迎えます。これを契機としまして官民協働の取り組みをさらに前進させたいと考えております。加えて国土交通省が本年から取り組んでおります「ガーデンツーリズム登録制度」についても現在計画中であります。この制度というのはテーマ性を持った複数の庭園などが連携して行う取り組みを支援するものであります。先日益田市と同じく雪舟庭園を有しておられます山口市様と一緒に国土交通省の担当者を訪ねておりまして、非常に好感触を得て帰って来ています。その後、全てのサミット構成自治体を訪問し、意見交換をさせていただきまして、本制度に取り組むことを情報共有させていただいたところであります。この制度の第3回の審査会が本年度末から来年の初めに予定されております。この制度の申請に向けましてサミット自治体の皆様方と共に取り組み来年度の生誕600年の弾みにしたいと考えておりますので引き続きどうぞよろしくお願いいたします。最後になりますが、益田市のおきましては、今後とも益田市の中世文化の息吹きを後世に伝えて「雪舟さんを敬い、雪舟さんとともに生きる」文化施策を官民一体となって推進してまいりたいと考えております。以上で益田市の発表を終わります。ご清聴ありがとうございました。
司会>
ありがとうございました。海を渡った活動と官民協働の多種多様な取り組み、わくわくするようなお話を聞かせていただきました。パワーを感じるお話でした。益田市長の山本浩章様でした。
では続いて、三原市でございます。副市長の大西英之様よろしくお願い致します。
三原市副市長 大西 英之>
皆さんこんにちは。三原市副市長の大西でございます。雪舟サミットの唯一、広島県からの構成市であります三原市をご紹介させていただきます。ご覧のとおり三原市は非常に風光明媚な街でして、これはJRの呉線の快速マリンビューという土日祝日に運行していますが、これもJR西日本さんが新しい型を導入するということになっておりますし、実はJR西日本さんに瑞風という豪華列車がありますが、宮島から山陽線で三原駅、そこから折り返して呉線のこのポイントをずっと歩くスピードでここを皆さん方にご覧いただくということで瑞風のメインディッシュになる光景でこれをご紹介させていただきました。
それでは三原市の概要ですが人口は94,000人ちょっと今切ったような状況であります。面積は471平方キロメートルです。瀬戸内海のちょうど真ん中に位置しまして、非常に多島美の景観が本当に綺麗な街で私もこの景色は自慢の景色かなと思います。そして三原市は小早川隆景によって街が作られまして、これが毛利家の三男で一昨年に築城452年事業ということで、今年この三原の街ができまして452年が経過しています。ここは浮城でここから瀬戸内の水軍、毛利水軍をここで束ねていたと言われております。そして城のすぐ裏には西國街道が通っておりまして、そういった意味で陸と海の交通の要衝であったという街であります。近年になりましても瀬戸内のHubということで「空・道・港」の結節点として今も発展しております。まずは「空」という面では広島空港が平成5年に開業しております。広島空港が三原市に位置していることを知っている人が少ないというのが大きな課題でもあります。そして「道」、鉄道の面では、山陽本線が明治27年に開通しておりまして、今から130年前に開通しております。そして呉線が昭和5年、そして山陽新幹線が昭和50年ということでJRの新幹線と山陽本線、そして呉線が一つにまとまっているという駅でありまして、本丸の上に駅があるという稀な駅であります。そして「港」、三原港ですけども三原の駅前にありまして新幹線駅からわずか300メートルのところに港があります。ここも明治には開港しております。したがいまして、昭和の時代、本四架橋がつくまでは、JR、三原港から四国への玄関口として大変賑わっておりました。三原港の乗降客が300万人を超えていた時期もございました。今広島空港がやっと300万人乗降客があるということで、昭和の時代に港に300万人の方が利用していたということであります。
次に三原市の取り組みといたしまして、三原食ブランド「幸せの三原ぐるめ」、タコ・地酒「酔心」ですが、かつては11蔵ありましたが、今は唯一の三原の地酒です。それとスイーツ、今は八天堂さんが全国各地で三原の名前を売っていただいておりますが、こういったタコ・地酒・スイーツを三原食ブランドということで展開しているところでございます。そしてそれを交流人口の拡大に繋げていきたいと思っております。もう一つ右の方に米粉とありますが実は三原市は西日本最大の米粉の産地でありまして、今まさにインバウンドの観光客が多いですが、特に欧米人の方にはグリテンフリーということで米粉の消費が伸びております。これもひとつの米粉の里ということで三原も市をあげて応援しております。
そして次に三原市の雪舟のゆかりですが、佛通寺がまず一番にあげられます。佛通寺は1397年に小早川家によって、開かれたお寺であります。雪舟とゆかりがあるところは雪舟が滞在したと言われます篩月庵という庵と雪舟が作ったと言われる庭園がございます。広島県内でも有数のもみじの名所でありまして、現在多くの観光客に来ていただいております。雪舟原図の金山図と育王山図がもともと佛通寺にありましたが、浅野家の支配の時代に浅野家の所有に変わりまして、狩野安信が描いた模写が佛通寺に今でも残っております。したがいまして、現在佛通寺が持っております狩野安信が描いた模写が今スライドに写っているものであります。
次に三原市が行っている地域活性化への取り組みといたしまして、今年の3月に毛利家、吉川家、小早川家それぞれの当主を招いてご当主対談を公開で本邦初開催しました。その節は毛利様ご多用のところありがとうございました。この場をお借りして改めてお礼申し上げます。大変な反響でしてポポロという芸術文化ホールで開催しまして、ここが1階2階で1,200人収容できるホールですが、1階だけ開けておけばお客さんは収容できるだろうと思っておりましてが1階の800人が満員となりまして2階まで開放しました。本当に大きな反響を呼びまして、この御三家が全国的にも存在感があるということを改めて感じた次第です。安芸高田市と北広島町とも三矢の訓ということで手を合わせて交流人口の拡大に繋げているところであります。
次に浅野家が1619年に三原城に入場しまして今年がちょうど入城してから400年の年になります。和歌山の新宮市から浅野忠長が三原の殿様として入城しましたが、実は今日は天満市長が新宮市との友好都市締結を調印しているところでありまして、それで私が代役をさせていただいております。この節目の年に企画展を開催したところ、多くの方にご来場いただきました。
次にいよいよ令和の時代になりまして、今度は築城500年に向かって、まさに令和の時代ちょうど450年の平成29年に市民の皆様にワーキンググループに入っていただき、将来像グランドデザインを市民と協働で策定し、50年後の三原市の中心部を市民と一緒に描きました。絵に描いた餅で終わらないように推進するのが我々の役目でありまして、左の8階建ての建物が市役所ですが、今年の5月7日、令和の始まりの日に開庁いたしまして、右の駅前には来年の7月に図書館とホテル、駐車場にスーパーと本当に令和時代は三原の港を活用して改めて瀬戸内のHubとして存在感を出したいということで、今ちょうど総合戦略の二期を策定中ですが、この「行きたい、住みたい、つながりたい、世界にはばたく瀬戸内元気都市みはら」に向かって邁進しているところであります。是非とも雪舟サミットの構成市と連携して令和の時代を良い時代にしていきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。
司会>
ありがとうございました。大西三原市副市長の発表でした。それにしても観光にグルメは付きものでしてこれからもますますおいしいものを発掘したり研究したりということで私共としては楽しみでございます。ありがとうございました。では、続いてリレートーク最後の方になります。山口市副市長の伊藤和貴様でございます。よろしくお願いいたします。
山口市副市長 伊藤 和貴>
皆さんこんにちは。隣の市の副市長の伊藤と申します。今日はお世話になります。そして本日は防府市さんのお引き受けのもと、このように素晴らしい交流の場を設けていただきまして、池田市長さん、そして実行委員会の皆様に心から感謝とお礼を申し上げたいと思います。どうもありがとうございます。そして私事ですが、実はご当地の池田市長さんと同い年でございまして池田市長さんが県庁在職中から厳しくご指導いただいておりまして、今では隣の市の市長さんとなられてご指導いただいております。これからも仲良くまちづくりをやっていきたいと思いますので、また皆さんのご協力をお願いしたいと思います。よろしくお願いします。それでは座って説明させていただきます。
ご案内のとおり、山口市は、山口県の中央部に位置する県庁所在都市でございます。
 市域面積は県内第1位で約1,023平方キロメートルととても広大な面積を有しております。北は津和野町に接している阿東という地域がございますし、南のほうは秋穂、二島といった周防灘に面する、非常に縦に長い市域となっております。人口は196,000人でほぼ横ばい状態で推移をしております。
それでは本市と雪舟の関わりについて紹介させていただきます。山口市は半世紀を超える雪舟の画業の中で雪舟が最も長く滞在していたと言われておりまして、市内には雪舟が作庭したとの伝承を持つ文化財庭園が数多く残っております。このうち雪舟庭として有名な国の史跡名勝に指定されております常栄寺庭園は、当時の山口を治めておりました守護大名大内氏の命により雪舟が作庭したと言われておりまして、三方を山に囲まれた地に自然と枯山水からなる庭園が広がっております。いかにも雪舟らしいという評価をいただいている庭園でございます。次に国指定名勝常徳寺庭園でございます。こちらも雪舟作との伝承が残るものでございます。砂岩の露出岩盤を築山に見立て、その手前に池泉を配置する庭園で、背景の借景部分も含めた景観は、雪舟作の「秋冬山水図」の冬景図と、構図が極めて似ていると指摘されております。山口市では、国の補助を受けながら、常栄寺、常徳寺と協力し、これらの文化財庭園の保存整備事業を行っております。また、市内には、雪舟ゆかりの庭園のほか、雪舟が山口滞在中の活動の拠点いわゆるアトリエとした「雲谷庵跡」がございます。雪舟は、この地において国宝「四季山水図巻」いわゆる「山水長巻」をはじめとする多くの絵を描いたとされております。現在の雲谷庵跡の建物は、明治時代に、古社寺などの建築部材を集めて復元された建物となっております。現在、雪舟生誕600年を迎えます来年度に向けて、茅葺屋根の葺き替え工事を行うなど、観光などで訪れる皆様をお迎えする準備を進めているところであります。なお、山口県立美術館におかれましては、先ほど荏開津先生のお話にもありましたとおり、毎年11月は、霜月は雪舟として、雪舟作品の展示が行われております。本年は、「雪舟の仏画」として初公開の雪舟の若き日の作品もあるそうですので、是非、足をお運びいただければと思っております。
それでは次に、岡山の総社で生まれ、京都で修業をしていた雪舟が、なぜ山口に足を運んだのか。これは荏開津先生のお話にもありましたが、その答えは、室町時代、山口に本拠を置いていた守護大名大内氏の存在に他ならないと言われております。大内氏は、周防山口を拠点とし、九州北部から西中国地方一帯を治めたほか、応仁の乱など室町幕府の政局にも度々関与しながら、室町時代の政治史に大きな足跡を刻んだ大名と言われております。中国の明王朝や朝鮮王朝との交易を盛んに行ったことから、当時の山口は経済的に発展し、繁栄していたと言われております。大内氏は、京都の文化や、大陸の文化を積極的に受け入れながら、それらの文化を融合させた、独自の「大内文化」を花開かせたと言われております。そのため山口には、京都から多くの公家や文化人が来訪しました。中国大陸に渡り、書画の修行をしたいと考えていた雪舟もその一人であったのではなかろうかと言われております。そして本年は、大内氏ゆかりの「史跡大内氏遺跡附凌雲寺跡」が国の史跡に指定されて、60周年を迎える年となっております。現在、山口市歴史民俗資料館では企画展示「大内氏のトビラ」を開催しております。お時間が許しましたら、是非お立ち寄りいただければと思っております。
それではここで今後の本市の取り組みを少しご紹介させていただければと思います。現在防府市さんと本市を含む山口県央部の7つの市町では、これから人口減少・少子高齢化に立ち向かいながら活力ある社会経済を維持することを目的に「山口県央連携都市圏域」を構成しております。そういう中で2021年の7月1日から12月31日にかけまして、この県央連携都市圏域において、圏域内の伝統文化や自然美をアートとしてとらえ、周遊を促進する「オープンエリア型」の博覧会「山口ゆめ回廊博覧会」を開催する予定としております。圏域内の7市町に観光産業の需要を喚起する考えでございます。また、前年の2020年には、博覧会と同じ7月から12月にかけまして、プレイベント事業を展開してまいりたいと考えております。とりわけ、プレイベント期間では、雪舟生誕600年を主要なテーマといたしまして、雪舟にちなんだまち歩きや周遊促進にかかるイベントを山口市のリーディング事業として展開することとしております。先ほど益田市長さんからご紹介のございましたガーデンツーリズムなど、雪舟の残した功績は、600年経った今日におきましても大きな広がりとなって、私たちの縁を繋いでおります。本市におきましては、こうした雪舟ゆかりのご縁を大切にいたしまして、引き続き歴史文化を生かした交流と創造のまちづくりに積極的に取り組んでまいりたいと考えております。簡単ではございますが山口市からの発表は以上でございます。ご清聴ありがとうございました。
司会>
ありがとうございました。最後の発表は山口市副市長の伊藤和貴様でした。
いかがでしたでしょうか。雪舟さん、と思わず「さん」を付けたくなりますね。雪舟さんが繋いでくださったご縁の数々、皆様の志と言いますか、地域のまちづくり、活性化への想いがあふれていて、それぞれの市の方々もよし今度は自分のところでやってみようなんて大いに参考にしていただけるお話がたくさん出てきたんじゃないかなと思います。今一度代表の6人の皆様に大きな拍手をお贈り下さい。ありがとうございました。
もどる せっしゅうについて せっしゅうサミットについて サミットこうせいしちょう さいしんサミットじょうほう かこのせっしゅうサミット リンク ホーム

山口市文化交流課
Copyright (c) 2020 Yamaguchi City. All Rights Reserved.