佛通寺
佛通寺
臨済宗佛通寺派大本山である佛通寺は、応永4年(1397年)に、小早川春平が愚中周及を迎えて開かれました。最盛期には山内に88ヵ寺を擁し、全国に約3000ヵ寺の末寺を有しており、かつて雪舟が滞在したという篩月庵の跡地や、雪舟作と伝わる庭園が残っています。佛通寺の境内は、県内有数の紅葉の名所であり、多くの参拝者、観光客が訪れます。
金山図 (佛通寺所蔵)
金山図 (佛通寺所蔵)
この絵図は、広島藩の御用絵師を務めた狩野安信が、雪舟の絵図を写したものとされています。狩野安信は、江戸初期に、藩主の命で、藩内の寺社が所蔵する優品を模写した人物です。雪舟筆とされるこの「金山図」と、対幅で描かれた「育王山図」の原図は、近世初期まで佛通寺に所蔵されていたと考えられています。佛通寺開山の愚中周及が修行した、中国長江ほとりの金山を画題にした作品です。