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第14回雪舟サミット サミット会議

司会>
これよりサミット会議を始めていこうと思います。改めてご紹介させていただきます。まず井原市は瀧本豊文市長。それから山口県防府市は松浦正人市長。それから島根県益田市、山本浩章市長。広島県三原市は天満祥典市長。それから山口市は教育委員会教育長にご参加いただきます。岩城精二教育長でございます。最後に私ども総社市の片岡聡一市長でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
さて、今日は大変いいお天気に恵まれまして、2時半をちょっと過ぎたところで、日差しがあれば大変暖かい、11月になりますと小春日和という言葉を使うことができるんですが、ちょっと冷え込んでまいりました。こちらステージのほうも足元が冷えてまいりました。そちらも相当お寒いんではないかと思います。朝方は、この界隈、秋が始まったばかりなんですが、お昼にもう紅葉が始まりまして、総社の人は大変おもしろい人が多いんですよ。先ほど歩いておりました。僕は濱家といいます。「はまさん、おい、雪が降っとるわな」言うんです。「雪が降ってるの?」と言いましたら「あんたの髪の毛じゃ」って言うんです。なかなか面白い人が総社には多いんです。明るく元気に、これからのサミット会議を進めてまいります。なお、市長さんにお願いでございます。時間の大変に制限された中でございますのでおひとり5分以内で。ここは厳守をしていただき5分以内で、各自治体のまちの紹介とか特色ある取り組み、PRポイントをお願いできればと思います。
ではまず、岡山県井原市の瀧本豊文市長からお願いいたします。
瀧本・井原市長>
瀧本・井原市長トップバッターということで、岡山県井原市から参りました。市長の瀧本でございます。本日は雪舟サミット、総社市さんで開催ということで心からお祝いを申し上げたいと思います。私ども、前回のこの雪舟サミットの開催地ということでございまして、前回も多くの関係市の皆様方がご参加いただいたことに改めて御礼を申し上げたいと思います。また、このたびの会議は新たな構成市をもって再構築の立ち上げということで、防府市さん、三原市さんがこれに参加されたということは大変私どもにとりましても心強く思っておるところでございます。心から、今後ともよろしくお願い申し上げます。
それでは持ち時間5分ということですので駆け足で私ども井原市の紹介をさせていただきたいと思います。井原市におきましては雪舟さんのゆかりということでは先ほど吉備国際大学の守安先生の方から縷々お話もいただきました。私ども、この雪舟サミットに参加いたしましたのが、私ども井原市が平成17年の3月に1市2町の合併を行いました。井原市、芳井町、美星町の合併でございましたけれど、その旧芳井町時代からこの雪舟サミットに参加させていただいておりまして、前回、その時の参加市町のいちばん最後に参加をさせていただいたわけでございます。私も旧芳井町の町長をしておりまして、前任の町長が、佐藤町長といいましたが、初めて参加されまして自分の芳井町を紹介されたそうでございます。雪舟終焉の地から参りました芳井町長ですと紹介をされたそうですが、大ひんしゅくを買ったそうでございます。終焉の地というのは、先ほど先生のお話にもございましたが、益田市さんや山口市さんが終焉の地といわれているわけでございまして、芳井町はそういうことを言うちゃいけんのじゃと、私も芳井町長引き継ぎの時に言われまして、ゆかりの地と言えよと言われましたが、いまだに覚えておるんでありますが、ゆかりの地といいながら、それぞれのまちのアピールをしながらまちづくりを務めておるところでございます。そうした状況の中で、今日はケンカするんではなくて、これから連携を取りながら、これからのまちづくりを含めた取り組みが進めばいいかなと思っております。
岡山県井原市においては、西南部に位置しておりまして、福山市と隣接した県境を挟んだ井原市でございます。古くからは綿花、藍等の栽培が盛んなところでございまして、デニムの生産が盛んなところでございます。昭和45年、ジーンズブームの時には全国シェアの、ジーンズがですよ、70%を占めておったというまちでございます。まさにデニムのまちということで、今は倉敷市さんも児島地区が大変盛んでございますが、そうした地域でございます。また特産品では、旧芳井町では明治のごぼう、これは「ごんぼう、ごんぼう」という言い方をするんでありますが、これも全国のブランドということでごぼう作りも盛んでございますし、さらに今はピオーネ、ぶどう作りが大変盛んな地域でございます。そうした農産物などを含めて展開を行っておるところでございます。それから雪舟を語る会ということで、先ほども先生のほうからお話もございましたけれども、「也足外集」などを含めた、そうした史跡の研究などを含めて展開をいただいておりまして、そうした雪舟さんを含めた取り組みというのがいかに我々にとっても大切なことか、ありがたいことかということで、市民あげての取り組みをいただいております。今日も何人かご出席をいただいておるようでございますが、そうしたことを顕彰しながら、また称えながらこれからの取り組みを行ってまいりたいと思っておるところでございます。本日このサミット開催にあたりまして片岡市長さんはじめ総社市職員の皆様方、また関係者の皆様方に心から厚く御礼を申し上げまして私からのご報告とさせていただきます。本日は誠にありがとうございました。
司会>
ありがとうございます。瀧本市長、申し訳ございませんでした。時計を見ながら追いかけごっこの説明で。あえて申し上げます。雪舟ゆかりの地の井原市、瀧本市長でございました。ありがとうございました。
続いては山口県防府市のほうから松浦正人市長でございます。お願いいたします。
松浦・防府市長>
松浦・防府市長こんにちは、山口県防府市でございます。防府市は周防の国の国府が置かれた地でございまして、およそ1300年の昔から周防の国の国府が置かれ、政治・経済・文化の中心地として栄えた土地でございます。現在も周防国分寺、現存する国分寺社の中でその古の礎の上に築かれている国分寺は全国的にも珍しいと言われております。それから防府天満宮。1100年以上の歴史がございます。日本最古の天満宮と言われております防府天満宮。最近、と申しますか、明治に入りまして公爵毛利家がそのご本宅を防府に造られまして、そのお宅が毛利氏庭園となっており、お庭が庭園として名高く、ご本宅が重要文化財にも指定されております。大変なお屋敷でございます。そのお屋敷の一角に毛利博物館がございまして、そこに雪舟の「山水長巻図」国宝、また雲谷等顔作と言われております、雪舟の国宝を模した長巻図、これがまた国宝ということで、山口県には9点国宝がございますが、そのうちの5点、防府市が所蔵しておりまして、毛利博物館には重要文化財8000点と言われております。大変なお宝のところなのでございますが、この雪舟サミット、私もこの職16年めになりますが、当初からお誘いを受けていたわけですが、何せゆかりと言えるかどうか、ご存知のように守護大名大内氏の庇護のもとに雪舟は山口に根づかれ、そのあとの毛利家によってさらに名高くなられた画聖でございますので、私どもはその毛利家のゆえをもって国宝を所蔵させていただいておるというだけのことでございまして、いかがなものかなと思っておりましたが、ご当地片岡市長の大変熱心なお誘いの中で私もそれではということでお応えし、今回初の参加をさせていただいたところでございます。しっかり勉強もさせていただきたいと思っております。よろしくお願い申し上げ、紹介に替えさせていただきます。ありがとうございました。
司会>
どうもありがとうございました。防府というのは歴史、伝統文化の宝庫なんですね。ありがとうございました。
続いて、島根県益田市長の山本浩章市長でございます。
山本・益田市長>
山本・益田市長島根県益田市長の山本でございます。どうぞよろしくお願いいたします。この総社市におきまして6市の関係者が勢ぞろいして第14回の雪舟サミットが盛大に開催されますことをまずもって心からお喜び申し上げます。皆様のお手元に、「画聖雪舟ゆかりの地・益田市」というパワーポイントの資料がわたっておりますでしょうか。これによりまして、5分で駆け足でご説明させていただきたいと思います。
表紙に雪舟ゆかりの地とありますのは、先ほどおっしゃっていましたが、雪舟サミット構成市の協和を乱さないための控えた表現でございます。益田市は島根県のいちばん西にございまして、面積が733平方km。人口が約5万人のまちでございます。平成16年に合併しまして、今の広大な面積、島根県の基礎自治体としましてはいちばん大きな面積を持っております。大変自然に恵まれた地域でありまして、ここ宝福寺さんの紅葉も見ごろを迎える時期でありますが、益田市で申しますとたとえば匹見峡という、これは広島県に近いほうですけれども、ここもこれから紅葉が大変きれいになってまいります。それからいちばん高いところが恐羅漢山という山で、これは広島県と接しておりますが、標高1346m、紅葉そして新緑が大変美しく、近隣はもとより遠方からもたくさん観光客がおいでになります。そのほかの自然も大変美しゅうございまして、水質日本一の高津川、益田川、それから特産品もここにございますように、メロン、ゆず、わさび、はまぐり等々ございます。私ども益田市と雪舟さんとのご縁というのは、雪舟さんが記録の上では2回は益田市を訪れておられます。最初は益田氏15代の益田兼堯に招かれまして、現在の医光寺の住職として来られました。この医光寺には雪舟庭園が築かれております。また、この医光寺から600m離れた萬福寺というところにも雪舟庭園がございます。今日は萬福寺のご住職もお見えになっています。全国で雪舟庭園が5つしか残っていない中、2つが益田にあるということは市民の大きな誇りでございます。益田市はこの雪舟と人麻呂、人麻呂も生誕、そして終焉の地と、私どもは強く考えておりますが、この2人がまさにこの地域の、益田市の誇りとする人物でございます。益田市における雪舟に関する取り組みでありますが、1つは終焉の地と伝えられる大喜庵の敷地に雪舟の郷記念館を設けております。それからイベントとしまして「ぶら雪舟」というウォーキング、それから萬福寺、医光寺の庭園をライトアップする雪舟庭園ライトアップ、それから、実行委員長も来ておりますが、雪舟さんまつり等々を行っていろんな施設、団体が連携して雪舟さんの顕彰を行っております。
また益田市には県立でありますが、島根県芸術文化センターグラントワという施設がございます。これは石見の赤瓦を屋根だけでなく全面に貼った、非常に壮大で美しい美術館とホールを兼ね備えた施設でございます。ここにおきましても来月、11月9日10日には室町文化フェスティバルというのを開催しまして、中世文化、万葉文化の薫るまちづくりを発信してまいるところでございます。ぜひとも皆様方もこの11月、連休には益田市に足を延ばしていただければ様々なおいしいもの、そして美しい自然、景色をご覧いただけるかと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。以上でございます。
司会>
ありがとうございました。雪舟の郷記念館をはじめとして雪舟さんまつりとか雪舟さんと接点の多い益田市の山本浩章市長でございました。
さて、続きましてはお隣の広島県三原市から天満祥典市長でございます。お願いいたします。
天満・三原市長>
天満・三原市長はい。私は三原市長の天満でございます。今回は第14回の雪舟サミットin総社にお招きいただきましてありがとうございます。私のほうは4月の市長選挙に当選したばかりでございまして、まだ半年でございます。それぞれ皆さんのほうから雪舟サミットはどうかとオファーはいただいておりましたが、なかなか足を上げられずに、私は一応今回は行ってみようということで、意気揚々とここに来たわけでございます。それぞれ諸先輩の都市に負けないように三原市も宣伝していきたいと思います。
三原市は人口10万人のまちでございましたが、いろいろと人口動態がありまして200人くらい切っております。これを元に戻して10万人以上のまちにしようということで、今、文化、観光に取り組んでおります。そして新幹線の駅、三原市、それから5分ほど歩きましたらもう港でございます。それから今、広島空港を持っておりますのが三原市でございます。100haという広大な県の所有地が三原市にありまして、これからどんどんいろいろなものを持って来たいと構想を練っております。それから、先生のお話にもありましたが、臨済宗佛通寺派の大本山が三原市でございまして、これがやはり、もう少し宣伝効果がないということでここに乗り込んできたわけでございますが、本当の臨済宗の総本山、もう少し雪舟サミット、雪舟さんを利用しまして観光誘致にできないかなと考えております。今日もいろいろと三原の物産を持ってまいりましたが、完売いたしまして、皆さんのお手元には届いておりませんが、三原の物産、たこのせんべいなり、三原市には2月に神明祭というお祭りがありまして、これは小早川隆景公が城を築城いたしまして450年にもう4年したらなります、これを毎年2月の第一、あるいは第二の金土日とやっておりますが、30万から35万人くらい来られます。それから夏にやっさ祭りというのが8月の第一金土日でございますが、この祭りを広島県をあげての祭りにもっていこうじゃないかということで、3日間の祭りでございますが、それぞれ取り組んでおります。今回は雪舟ということで、佛通寺を中心にいたしまして、もう少しアクセスを、大型バスがどんどん通れるようなところも完成がもう少しでございますが作っております。紅葉もテレビや新聞等で宣伝していただければ約2万人から3万人来るということで、それぞれ大混雑をしておりますので、これからそのアクセスをもう少し、どのようにするかということをもう少し考えていきたいと思います。それからやはり、これから市と佛通寺、周辺とが手を組んでいかないと大混雑の状態が避けられないということで、それぞれもう少し周辺整備に、いろんな団体等に出ていただいて、皆さんの協議のもとに観光がスムーズにできるような方法を取っていきたいと思っております。
いろいろとこれから三原というのを宣伝していこうということでございますが、今、三原市にも文化があるのですが、宣伝をしていないということで、お隣の尾道さんはどんどん観光客が来られるのですが、三原にももう少し来ていただきたいということで、今回は佛通寺の宣伝と、三原市にあります神明市、夏にありますやっさ祭り、5月と今回11月にありますさつき祭りと浮城祭りというのもございます。これはまだ出始めでございまして観光客も多くありませんが、四季折々の祭りを取り込んでいこうということでそれぞれ取り組んでおりますが、皆さんそれぞれ、この6市さんの観光の目玉を出していかれるというのは我々もこれから一緒になりまして、どうぞ連携をして取り組んでいけば、これから地方自治体が連携をしていかなければいけないということはよくわかっておりますし、連携を通してそれぞれ発展のために頑張っていく所存でございますので、どうか皆さん方からこういったアドバイス、こういったことをやったらいいよということを、今日は事務局も来ておりますので、しっかりと勉強しながら持って帰りまして、来年に向けまして、言い宣伝ができますようにこれから取り組んでまいりますので今後ともよろしくお願いいたします。
司会>
どうもありがとうございました。やっさ祭りは大変有名なお祭りでございます。市長、8月8日は「たこの日」なんですか? 三原に行ったらたこをぜひお召し上がりください。佛通寺も訪ねたことがございますが、なかなか味わい深い、奥行のあるお寺さんでございます。 
続きまして山口市の教育委員会から岩城精二教育長でございます。お願いいたします。
岩城・山口市教育長>
岩城・山口市教育長山口市教育長の岩城でございます。このような素晴らしいサミットを開催いただきまして総社市の市長さんをはじめ関係者の皆様に心から感謝を申し上げます。本来であれば山口市長が来てご挨拶をするところでございますが、本日ちょうど山口市長選挙の投票日でございます。それと重なっておりますので、私のほうから山口市のまちの姿や雪舟との関わりなどについてご紹介させていただきます。 
お手元に資料を配布させていただいておりますのでご参照いただきたいと思います。山口市は山口県の県央部に位置する県庁所在地でございます。平成17年から2度の合併を行いまして現在人口が約19万5千人、県内では2番めの都市でございます。面積は1023平方kmと県下最大の面積を有しております。また山口市は新幹線の新山口駅、そして山陽自動車道、中国自動車道など広域交通の結節点でもございます。県内各地へは移動が所要時間1時間と交通の利便性に大変すぐれた地域でございます。ただいま本市の玄関口でございます新山口駅はターミナルパーク整備事業として大規模な改修を進めているところでございます。ここを発着駅といたしまして、JR山口線を走っておりますのがSLやまぐち号でございます。島根県津和野まで約2時間をかけて走っております。観光のシンボルとなっておりますけれども、残念ながら先日の豪雨災害によりまして鉄橋が流失いたしております。今のところ運休となっておりますが、走れるところまで、来月の上旬には一部再開をしようということで、大変喜んでいるところでございます。さて山口市におきましては総合計画において「ひと・まち・歴史と自然が輝く交流と創造のまち山口」を将来の都市像としてまちづくりに取り組んでいるところでございます。こうした中で本市においては芸術文化における新たな価値の創造をめざして、平成15年11月に開館いたしました山口情報芸術センターが今年度で開館10周年となりますことから、世界的な音楽家である坂本龍一さんをアーティスティックディレクターにお迎えしまして、年間を通じてさまざまな記念事業を開催しているところでございます。11月1日からは第2期をスタートいたしますので皆さんにもぜひこの機会に山口にお越しいただきたいと思います。山口情報芸術センターにおけるさまざまな芸術表現を体感していただけたらと思っております。
また山口情報芸術センターの近くにございますのが湯田温泉。山陽路随一の湯量を誇っております。年間40万人の方に観光客としておいでいただいております。湯田温泉には詩人中原中也を顕彰しております中原中也記念館がございまして、ここでは中原中也の研究と共に中也に関するさまざまな企画展などを行っております。なお中也記念館は来年平成26年2月に開館20周年を迎えることとなっておりますので、ぜひこちらのほうにもおいでいただき、あわせて温泉でゆっくりおくつろぎいただければと思います。
本サミットの主題でございます雪舟と本市の関わりについて少しお話したいと思います。室町時代にさかのぼりますが、守護大名であります大内氏が当時の山口を治めておりました。大内氏は国際貿易、特に中国・明や朝鮮との貿易を盛んに行いまして、経済的にも文化的にも発展し、当時の山口は西の京と称されるほどに繁栄しておりました。雪舟が初めて山口を訪れたのもこうした時代背景があったからと考えておりまして、その後雪舟は中国へ渡って水墨画を学び、帰国後は各地を遊歴したのちに山口に落ち着き、アトリエである雲谷庵を拠点として創作活動を行いました。雪舟は作庭にも造詣が深く、室町時代中期に大内政弘が雪舟に依頼しまして築庭したと言われておりますのが、常栄寺雪舟庭でございます。三方を林で囲まれた庭は水と石に主体がおかれまして簡素にして豪放、雪舟の山水画そのままの名園としてその名が知られております。本市にはこれらの雪舟関連の地域資源に加えまして日本三名塔のひとつに数えられております国宝・瑠璃光寺五重塔や山口県出身の歴代首相の直筆の扁額がかけられております山口市菜香亭などさまざまな地域資源がございます。現在、こうした地域資源を活用いたしまして雪舟絵手紙展、やまぐちお宝展、アートふる山口といった民間主体のさまざまなイベントが展開されております。本市といたしましてもこうした活動を支援しながら、市民の皆さんと一緒になって共に観光や商業といったさまざまな観点から地域の活性化につなげてまいりたいと考えております。本日の雪舟サミットではこうしたことをふまえながら、さまざまな分野において情報交換をさせていただきたいと思っております。どうもご静聴ありがとうございました。
司会>
どうもありがとうございました。やまぐち、やまぐちというイントネーションが、やまぐちと言うのが正しいんですか? やまぐちでいいんですか? 何かニュアンスがとても優しい雰囲気でいいものですね。芸術文化にあふれる山口でございました。
それではご当地、総社でございます。片岡聡一市長です。お願いいたします。
片岡・総社市長>
片岡・総社市長今日は本当に各市長様、そして今日こうしておいでいただいている方々の名簿を見ましたけど総社市外からいっぱい来ていただきましてありがとうございます。総社のご紹介を簡単に申し上げます。総社を一言で表すとどうだと言いますと、僕の理解ではミステリアスな歴史と製造メーカーの産業社会、このミステリアスな歴史と産業とが共有するまちだと言えます。まずそのミステリアスな歴史についてでありますけど、総社市は4つの歴史アイテムを持っております。ひとつは古墳文化です。総社市、どこをひっくりかえして工事をしてもどこでも古墳、化石が出てまいります。顕著なものは作山古墳ですね。仁徳陵がいちばん大きな古墳でありますが、作山は全国で9番目の大きさを持つような、古墳文化、古墳前期、後期ともにそれぞれの時代の古墳。それから備中国分寺、聖武天皇の国分寺建立の詔から派生した国分寺、古代吉備文化。歴史ですね。大和朝廷と張り合うくらいの力を持っていたのだと思います。それからもう1点が663年、白村江の戦いで日本と百済軍が百済において唐・新羅の軍隊と戦って敗戦してほうほうの体で逃げ帰ってきて、唐・新羅軍がもう1回攻めてくるんじゃないかと思ったから造られた中大兄皇子の時代の鬼ノ城ですね。古代山城です。そして1420年、雪舟の生誕地であると。この4つの歴史を持っています。それぞれがなぜミステリアスだと僕が言うかと言いますと、備中国分寺、聖武天皇の時代の国分寺の建立のあり方、それから大和朝廷との関係のあり方、これ、日本書紀と古事記に出て来始めの、初めて日本の歴史が文章にしたためられた頃の走りの歴史が吉備文化の歴史であります。ですから記載されているものもあればないものもある。空想で話しているものもあるし、本当にリアルな歴史観に基づいているものもある。その混在の部分、それが奥ゆかさであったり深さであったりすると僕は思っています。たとえば黒姫塚とかですね、時の天皇陛下の本当に愛した人のお墓であったのではないだろうかと、そういうもの。あるいは古代山城の鬼ノ城、この歴史は本当は唐からの攻撃を免れるために作った古代山城でありますが、その後のフィクションの世界で、そこから吉備津彦命が温羅という伝説の人物に矢を放ってそれが目にあたって血吸川になって、それが桃太郎伝説になっていく、そのフィクションの部分ですね。それからこの雪舟伝説も、そのネズミのあり方について、これがどういうネズミであったのか。ノンフィクションとフィクションの境みたいなところを持っている。そういう、総社の歴史というのは奥ゆかしさを持っている。だからこそ発信力を持っているんじゃないかなというふうに僕は理解しています。
一方で製造メーカーがいっぱいあります。自動車部品の集積地であったり、ここ2、3年でありますが高梁川の豊富な水を使って食品の製造メーカーの集積地になっていると。そういう歴史観と産業のバランスの取れた総社市というようなところをこれから僕らは伸ばしていかないといけない。特に雪舟ヒストリーについてはこの6市さんと共有しながら新たに発信していく必要があると僕は思っております。以上でございます。
司会>
司会者どうもありがとうございました。総社は確かに、ミステリアスな歴史がいろいろございます。片岡市長が言われました、矢を射ったのは吉備津彦命で温羅の目に当たって血吸川になって、雪舟さんの生まれたところが赤浜というところですが、そこの血吸川がす〜っと流れて浜が赤く染まったので赤浜ではないかという説がございますが、市長、どうなんですか? 謎ですね。ミステリアスに残しておきたいと思います。
さて、今日、各自治体の皆さんにお集まりいただきまして、テーマとするところはまちづくり、いろいろなかたちがあるわけですが、その中の災害にスポットを当てます。タイトルが「雪舟で繋がる自治体のこれからの連携のかたち。機動的な災害支援ネットワークの形成に向けて」と題しまして、各自治体の結び、絆、繋がりですね、危機管理の問題ですとか、あるいは相互扶助の問題ですね。近年は特にこの災害というものが、ゲリラ豪雨とか突如台風によるがけ崩れとか、大雨といろいろなことがございますので、こういうネットワークを通じて、どう自治体を守っていくのか。強いて言うと、自治体の人、一人の命をどう守っていくのか。そういうネットワークをこれから作りたいということでございますので、そのあたりのテーマについて片岡市長のほうからご説明をいただきたいと思います。
片岡・総社市長>
今日は雪舟つながりで6市が固い団結のもとに集まっております。この6市の雪舟サミットのメンバーは、僕は、60%は歴史で繋がってないといけないと思います。雪舟を使って何かをするとか、雪舟の歴史を顕彰しながらお互いが深め合うというような、歴史で繋がりあっていかないといけない。それが60%はないとダメだと思います。しかし残りの40%はもっと機能的に、有機的に繋がりあっていいんだと思います。それは歴史以外のところで繋がりあっていけばいいんだと、そこに僕らは価値を見出すべきだというふうに思っております。この6市はみんなそれぞれの首長が仲がよくて愛し合っているんですけれども、ただ、選挙で選ばれる人間はいつ何時替わるということも予想されますけれども、その時々の首長同士が仲がいいからという繋がり合いというものほどもろいものはございません。ですから、我々が去ったあとも未来永劫、この6市は共通の認識を持ってつながっていく何かというものを作っていかないといけないと思います。僕らは今回、テーマとして災害時相互援助というものを明確にしておきたいと願うんです。なぜなら、南海トラフということもありますけど、僕らはお互い、市民から税金をもらって働かせていただいている集団です。それで有事の際、災害の時、たとえば山口市さんがこの間の水害みたいな時、総社の市民の税金をもらって総社市の市役所がなぜ山口市さんを救いに行くの? なぜ総社市じゃなくてよその市を助けに行くの? そういった批判やそしりが一方であることも確かであります。で、やっぱり我々は市民の税金で他市を救いにいくというのは非常に難しいテーマであります。でも人道上、これはやっていかなければなりません。この6市以外でも救いの手を差し伸べていかないといけないし、あるいは逆に総社市に災害が起こった時には助けてもらわなければならない。相互援助協定というものを持っていかなければなりません。しかしやっぱり我々はもっと深くて相互援助、相互支援、相互救助ができるだけの理由というものを事前に作っておく必要があるんです。ここは我々の提案として、ぜひ、この雪舟で繋がっている6市が、いざなんどき、何かあった時にはいの一番に救いに行く、いのいち助けに行く、いのいち援助に行く、そういうお互いの縁組協定というものをここで結ぶべきではなかろうかと、そういうことで提案させていただきたいと思います。
司会>
ありがとうございました。確かに税金を使ってよその自治体の援助をするというのは確かにいろいろ論議があるところだと思いますが、雪舟繋がりで、こうしたきちんとした災害援助協定のネットワークを作っていこうと、大変力強い言葉でございました。
では各市長さんにお伺いしようと思いますが、先日、大変被害を被りました山口や島根のほうから。防府も大変だったんですね。山口の岩城教育長、まず広域防災連携についてはどういうふうに概要を汲み取られますでしょうか。
岩城・山口教育長>
この7月末に豪雨による災害を受けました。山口県内では山口、それから萩、お隣の島根県の津和野。まだ協定はしっかりしたものではないんですが、総社市の方からも、他の市の方からもこういうご縁があったので支援物資もすぐ送っていただきました。大変にありがたいことだと思います。災害の場合は近隣の市町に同じように大雨が降ったり地震が起きたりということがあるんで、少し離れた地域との協力関係というのが非常に有効であると思っております。そういうことを考えますと、こういうサミット繋がりで、連携を取っていくということは非常に心強いと思いますので、もう少し詰めながら、負担の部分は市民の理解を得なければいけないと思いますが、非常に良いことだなと思っております。
司会>
なるほど、ありがとうございました。益田市長はいかがでございますか?
山本・益田市長>
今、地方自治体というのはどこも行財政改革をしないといけないという状況になっています。さまざまな手法がありますけど、いちばん手っとり早くて、それからほとんどの自治体で行っているのが職員の定数の削減というところです。そうなってきますと、普段ですらなかなか余裕がないのに、災害が起こったまちでは職員がさらにてんてこ舞いになってくると。そういったことから言うと、山口市さんもおっしゃいましたけど、近隣よりも少し離れた、災害と関係のなかったところから職員さんはじめ応援に駆けつけていただくというのは非常にありがたいし必要なことだと思っております。そのために日頃から我がまちの市民にもそうした取り組みを伝えて、助けに来てもらう時も、市民にもそういったことがあったと伝える。援助に行く時にもこういう必要性があって援助に行くんだと伝えることが大切だと思っております。
司会>
防府にしましても益田にしましても、それから今度伺う防府でも、先日の大雨ではかなりの被害が出たんでしょうか。
サミット会議風景
松浦・防府市長>
防府市は4年前の7月21日に大変な被害に見舞われました。このたびの台風ではそのような被害には幸いにして遭遇しておりません。現在、私どもは東日本の援助ということの中で、もう2年以上になりますが、国府の関係で宮城県多賀城市に職員をひとり、現在も派遣し続けているのと、東松島市に技術職員をひとり、派遣しております。今おっしゃった、災害対応のネットワークという観点でございますが、どこの自治体もそうなんですが、まず、職員をぎりぎりまで減らして、身を削いで日々の暮らしに当てているのが現状でございまして、どこかとお約束をしてそれが不履行にでもなるということがあったら、これはまた大変なことでございますので、今現在、うちは姉妹都市を結んでおります広島県の安芸高田市と、かなり離れておりますので、災害協定を結ぶのであるならば、まずはご親戚関係で繋がっている安芸高田市さんと進めていこうということで、事務方での話が緒に就いたばかりでございまして、今回のこの雪舟のご縁での繋がりというのはこれはこれで大事にしていきながら、今後についてはしっかり市民の声もお聞きしながら対応してまいらねばならない、大切なことではないかと私は考えております。
司会>
そうですね。私たちは人ひとりの命をどのように、自治体、この連携の中できちんと守っていくことができるのか、救うことができるのか、これは重要なひとつの課題になってくると思いますが、実は、岡山県というのは災害の少ないところでして、危機管理の面では多少弱点があるのかもわかりません。そんな中で実際に先日の大雨で被害をお受けになって、そしてこうした広域連合の中でよその市町村からどなたかが来てくれて、あるいは物資が送って来られたとか、人的交流を含めてこれは助かったというご経験はございますでしょうか。いかがですか? 益田とか山口とか、そういうことはございませんでしたでしょうか。
瀧本・井原市長>
パターンが逆になるんですが、私どもこのたび、片岡市長が言われた歴史的ゆかりのある雪舟繋がりの災害の広域防災連携、私は大賛成でありまして。と言いますのも、私は岡山県でありまして、総社市さんと井原市は隣接もしておりますが、これも先ほど言われたように、時の市長によって仲がいい悪いで、災害などを含めた大きな問題を、連携を深める中では、時が変わればいろんな形も変わってきますが、私どもは、今、雪舟の話もございましたが、井原市においては那須与一の一族の墓があるということで、栃木県の大田原市さんが那須与一の生まれたところでゆかりがあるということで友好都市縁組を結ばさせていただいております。そうした中で、3・11の時に大田原市さんも甚大な被害が出まして、庁舎の窓ガラスが全部割れまして、今も仮庁舎でやっておるという状況。かなりの人家の倒壊もございました。すぐ連絡をして、何か困ったことはないか、何でも言ってくれと言いましたら、市長さんがブルーシートが足りない、とにかくブルーシートを送ってくれということで、職員に市内の店舗を当たらせましてブルーシートをかき集めて、送ろうとしたら今度は運送会社が拘束されていて送れない、職員に行けるところまで行けということで送りました。何とかたどりついてとても喜ばれました。まだ足りないということで今度は県内全部当たらせてまた送りました。3・11の時はこういう状況でしたが、歴史的ゆかりのご縁をいただいて、こういったいざという時に、このたびは送ったほうでしたが明日は我が身で我々も被害を受ける可能性があるわけですから、こういった状況の中で、雪舟ゆかりのご縁で今日6市が寄っておりますので、片岡市長の今日の提案には大賛成で、こうした連携が取れればなと思っております。
司会>
瀧本市長のお話ですが、支援物資とか人を送る際に、実際に送ろうと思っても送れないという災害時に特定な条件があるわけですね、これをどんなふうに乗り越えるか、それをおそらく片岡市長は時代がいかに変わろうとも、システム化していいネットワーク、きちんとした繋がりを持っていこうということだと思いますが、災害発生時でいちばん困るとか、あるいはいちばん心配なことは、各市長さん、どんなことなんでしょうか。ちょっと聞かせていただければと思いますが。では指名させていただきます。防府の松浦市長はいかがでございますか?
松浦・防府市長>
やはり市民の命ですね。これがいちばん先に感じることであります。
司会>
近年で、災害というのは意外な時に意外な発生の仕方をするものですが、水だとかがけ崩れだとか、いろいろございますが、どういう災害の危惧を持っていらっしゃいますか?
松浦・防府市長>
私どもは瀬戸内海に面しておりますので今までは台風の上陸、接近と高潮の時間が重なった時の海からの被害ですね。それから一級河川の佐波川という大きな川を持っておりますのでその川の氾濫。過去においてもそういうことがございました。ところが4年前は集中豪雨で、ものすごい量の雨が防府のごく一部の山に降りまして、その山が崩れました。私どもはそこまで想定していませんでした。想定外ということが最近よく言われておりますが、防府がその発祥の地ではないかと思うんですけど、思いもよらない状態が突然発生すると。これは今は日本全国どこでも起こりうる事象でございますので、それに対してどう備えるかということも、私は究極は自分の命は自分で守るということに市民が目覚めていただいて、どうすればまさかの時に自分の命を守れるかということを、小学校のレベルから教えていくことがいちばん大事なことであると。私ども日本人はそうやって育ってきたはずなんですけど、最近は天気予報とか情報に頼りがちになっておりますけど、やはり、いざ何が起こってもいいように日頃からの心構えを持っておくということが家庭教育であり、学校教育であり、社会教育でもあろうと、そのように私は思っております。
司会>
備えあれば憂いなしといいますが、どうなんでしょう、備えがあれば憂いがないのか。今お話を伺っていて思ったのはやはり常に、ノイローゼになってもいけませんが、憂いを持っているということが必要なんでしょうか。
松浦・防府市長>
備えがあっても憂いはあると思いますので、治にいて乱を忘れずということがいちばん大切ではないかと思います。
司会>
なるほど。ありがとうございます。どんな時にどんな災害にあうかということはこの日本列島は予想がつかない。市長さんがおっしゃったように、想定外のことが多々頻発しているわけですけれども、災害の時にいちばん困ったということはどういうことなんでしょう? 益田市長、いかがですか?
山本・益田市長>
益田市の場合は今年の豪雨災害はあったんですが、おかげさまで近隣ほどにはさほど心配するような状況ではなかったんですね。そんな状況でも、片岡市長には何かあったらすぐ言ってくれとお電話をいただいて心強かったところなんですが、30年前、昭和58年に、やはり豪雨による災害に見舞われております。益田市は高津川と益田川という2本の川の下流の沖積平野がまちの中心部をなしておりまして、川の氾濫、それから流域部や平野部の浸水被害、これがいちばん心配なわけです。それから山裾のがけ崩れ、土砂災害、これが非常に心配なわけですね。災害の時にどういうことが困るかということですが、58年災害の時もそうでしたし、今後も考えられることとしましては、情報の遮断ということです。防災行政無線もあることはあるんですけども、市内全域をカバーしていないのが現状です。それから全世帯に光ファイバーのネットワークがつながっておりますが、これももしもの時には、線でありますので途絶される恐れがあります。そうなると災害の現場の情報が上がって来なくなったり、市のいろいろな伝達事項が災害現場に伝わらなかったりといったことがありますので、例えばいちばん大切なところに救援に行けるとは限らないということが問題になるということだと思います。
司会>
これは大きなことで、情報の遮断ということがあるんですね。普段はきちんと携帯電話が繋がるという想定のもとに我々は生活しておりますが、緊急時は繋がらなくなる。緊急連絡網、確実に市民の命を守る連絡網の整備ということが必要になってくるかと思います。大変短い時間での話ではまとまりは、結論は出ないわけですが、ひとつこの雪舟サミット、雪舟さんを縁としてこういった災害の時の相互援助協定、これの実現に向けまして一歩を踏み出したのではないかと思います。
ではそろそろ時間になりましたので、サミット宣言の発表にまいりたいと思います。よろしいでしょうか。それでは所定の位置に移動していただきます。各自治体の皆様は前へお進みいただければと思います。スタンバイのほう、よろしくお願いいたします。
それではサミット宣言の発表をいたします。片岡聡一総社市長より申し上げます。
サミット宣言の発表
片岡・総社市長>
第14回雪舟サミット宣言文。第14回雪舟サミットは雪舟にゆかりのある6自治体の出席のもと、ここ岡山県総社市で開催されました。これからの時代、雪舟で結ばれたこの絆を文化の枠を超え、観光、防災、まちづくりなどさまざまな分野にその連携を広げていく必要があります。そこで本会議では2年前の東日本大震災の教訓や近年多発している局地的豪雨、また危惧されている南海トラフ地震を踏まえ、「雪舟で繋がる自治体のこれからの連携のかたち、機動的な災害支援ネットワークの形成に向けて」をテーマに災害対応体制について情報交換をするとともに、その支援のあり方について意見交換を行いました。自治体間で相互に支援する体制づくりは住民間の連帯感を深めることにもなり、今後の連携したまちづくりにも大きく寄与するものであります。よって、サミット宣言。「私たちは雪舟によって結ばれた絆を大切にし、有事の際の命を守るため、機動的に相互支援するシステム作りに努めることをここに宣言いたします。」平成25年10月27日。第14回雪舟サミット開催地代表、岡山県総社市長片岡聡一。以上です。
司会>
ありがとうございます。さて、ただいまの宣言文に皆様、ご異議はございませんでしょうか。拍手でお答えください。
ありがとうございます。ではここに採択されたということにさせていただきます。ではこれを記念いたしまして、各市長さん、がっちり握手をしていただいて記念撮影をしていただければと思います。どうぞ真ん中に。片岡市長を中心に手を合わせていただければ。
それではサミット会議のサミット宣言がここに採択されました。災害の時には相互に支援をしたり援助をしようという協定の第一歩でございます。拍手を送って差し上げてください。皆様、どうもありがとうございました。
災害時の相互支援協定に向けての第一歩、大変短い時間で申し訳ございませんでした。しかしいざという時のことを考える第一歩、きっかけになったのはないかと思います。いったいどのような機動的なシステムができあがるのか、これを楽しみに待ちたいと思います。ではこれより10分間の休憩を挟みましてアトラクションに移ります。アトラクションは小林東雲さんの水墨画パフォーマンスでございます。
<休憩>
司会>
さて皆様にご案内をさせていただきます。東雲先生のパフォーマンスの準備をさせていただいておりますが、こちらの小林東雲先生は実は東京でお生まれになりまして、幼い頃から書家だったそうです。お母様に筆の運び方いろいろ学びまして、青年時代に中国の水墨画の技法を学ばれました。1987年、パリ「日本の美術展」会場でこういったパフォーマンス、障壁に絵を描かれたり、中国、インドネシア、アメリカ等でも障壁画揮毫を重ねられまして、各国で高い評価を得られている先生でございます。1991年、公募全日展常任理事、審査員に就任されまして、翌1992年に天安門広場の中国歴史博物館で中日友好20周年記念・小林東雲書画展を開催されました。テレビ出演や多数の本を出版されるなど多彩な分野で活動されておりまして、水墨画の魅力の紹介やその普及に努めていらっしゃいます。今月もロシア・モスクワで公演されて今日のこのサミットに駆けつけてくださいました。
準備ができるまで今しばらくお待ちくださいませ。
司会>
皆様、大変お待たせいたしました。お琴とキーボードの準備もできたようでございます。では大きな拍手で、これから小林東雲先生のパフォーマンスでございます。どうぞお入りください。
小林>
雪舟と申しますと、我々水墨画を志す者には目標でもあり、夢のような方なんですね。その方の育った伝説のこの宝福寺で描かせていただくこと、本当にうれしく思っております。ロシアから帰りましてすぐに、おとといになりますか、頭を丸めて、雪舟先生と心を一つに、挑みたいと思ってまいりました。短い時間ではありますが、精いっぱい努めますのでどうぞよろしくお願いいたします。
まず、せっかくですから一筆めを総社市の片岡市長にいただきたいと思うんです。どこでも結構ですので、この辺がありがたいですが、一筆ざくっといただきたいと存じます。
司会>
では片岡市長、お願いいたします。
片岡・総社市長>
何を描いてもいいんですか。
小林>
何でもいいですが、お手柔らかにお願いいたします。
片岡・総社市長>
どこら辺ですか?
小林>
そうですね、どこでも
片岡・総社市長>
まるでも四角でも? 
小林>
まるでも×でも。
片岡・総社市長>
いきますよ。いじわるはだめよね。
小林>
そうですね。心優しい方と信じております。
(拍手)
司会>
さてそれでは、片岡市長が書かれた、この最初の文字がどんなふうに変化していくんでしょうか。お願いいたします。
<パフォーマンス>
司会>
いやあ、お見事でございました。ちょっと東雲先生にお話をうかがいます。最初の一筆は片岡市長が書きまして、これは片岡市長と東雲先生との合作と言っていいものなんですか?
小林>
大変光栄でございます。合作と言わせていただいていいと思います。あの一筆がなかったらこんなに力強いものにはならなかったと思います。
司会>
またそんな。(会場笑い) ほんとでございますか? それにしても、墨絵というのは濃淡を使って、今日は、これは片岡市長が描かれたものが松になっているんですね。
小林>
はい。向かい松になっておりまして、雪舟が中国から勉学を終えて帰ってくる船を迎えているというところでどうでしょうか。
司会>
なるほどな〜。素晴らしいですね〜。(会場拍手) それで、これはあまり表に出すことではないんですが、あえて申し上げますが、片岡市長が「濱家さん、いい絵じゃな〜。あれは最初の一筆がええからこういう絵になったんじゃ」。ほんとですかねぇ。その時に、私がちょっとご案内をさせていただきました、東雲先生の前で話すのもなんなんですが、こちらのものが画、絵ですね。あちらに書かれているのが賛と呼んでいいものですね?
小林>
はい。
司会>
ということはこれは、もってのほかでございますけれども、片岡市長の自画自賛と、そういう四文字になるわけでございます。そしてあちらの賛の解釈でございますが、どうなんでしょう、雪舟さんがこちらの宝福寺で修行をされて、そして墨絵の道にずっと精進されて、その心は千年の時を超えても変わることはない、そういうニュアンスでしょうか。
小林>
はい。見事でございます。
司会>
片岡さん、すごいでしょ? (会場拍手) あちらの方に教えていただいたんです。改めて東雲先生に大きな拍手を送って差し上げてください。どうもありがとうございました。(会場拍手)
いやあ、見事ですね。私ばかりの感想ではなんですので、ご当地、主催者の片岡市長にちょっと感想を聞いてみたいと思います。片岡市長、どうぞお願いします。
自画自賛の片岡さん、お願いします。いかがですか、これ。
片岡・総社市長>
これを僕はずっと見ていて、絵がだんだんよくなっていくにつれて、心配なことがひとつ、これをどこに飾ろうか。これは誰の持ち物になるんでしょうかね。これ、市民会館のどこかに飾ろうと思うんですが、許されるんでしょうかね。
のちほど画廊さんと相談ということでございます。
いやあ、でも素晴らしいですね。ありがとうございました。
司会>
どうもありがとうございました。東雲先生、ありがとうございました。小林東雲先生、景子さん、箏を演奏していただきました。それからあちらのキーボードを演奏していただきました妹尾美穂さんでございました。どうもありがとうございました。
それではこちらのステージをお借りしまして、次期開催地の報告に移らせていただきます。
では準備が整いましたので、次期開催地報告に移らさせていただきます。次期開催地は島根県益田市でございます。
では次期開催地、益田市長へ片岡総社市長からサミット旗をお渡ししたいと思いますので、どうぞお二人、前の方へお進みください。
では、サミット旗、片岡総社市長から益田市長へお渡しいただきます。次期開催、どうぞよろしくお願いいたします。
サミット旗引継ぎ
では次期開催地の島根県益田市長、山本浩章様からご挨拶を頂戴いたします。よろしくお願いいたします。
山本・益田市長>
次回、第15回の雪舟サミットを開催いたします益田市でございます。本日の素晴らしいサミットと、今ご覧いただいております画と賛を背にいたしますと非常にプレッシャーを感じるわけでございますが、2年後、平成27年に精一杯皆様をおもてなしいたしまして素晴らしい雪舟サミットを行いたいと思っております。ぜひとも多くの皆様方においでいただきますようにお願いいたしまして、次期開催地の発表とさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
司会>
どうもありがとうございました。次期開催地、島根県益田市長からご挨拶を頂戴いたしました。さあ、それでは閉会にあたりまして、総社市教育委員会、教育長、山中栄輔より閉会のご挨拶を申し上げます。お願いいたします。
山中・総社市教育長>
本日は皆様方のご協力によりまして非常に中身の濃い充実した雪舟サミットを開催することができました。それでは、この6市がますます連携を深めますことと、今日ここにお集まりの皆様方のご健勝を祈念申し上げまして閉会といたします。どうもありがとうございました。
司会>
ありがとうございました。今一度、各市長ならびにご参加の皆様、自分自身に拍手をお送りいただこうと思います。どうも皆さん、ありがとうございました。以上をもちまして第14回の雪舟サミット会議を終了とさせていただきます。
皆様方には長時間にわたりましてご参加いただきまして誠にありがとうございました。以上をもちまして第14回の雪舟サミット、終了でございます。ありがとうございました。
パフォーマンス完成
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